スキューバダイビング用とフリーダイビング用のウェットスーツ、似て非なるその理由とは?
更新日:2025.04.30.Wed   投稿日:2025.04.30.Wed
目次
どこまでも続く青い静寂の中へ、一息で潜っていくフリーダイビング。あるいは、信頼できる装備とともに、未知なる水中景観を探求するスキューバダイビング。どちらも私たちを日常から解き放ち、海の神秘へと誘う魅力あふれるアクティビティです。
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これらのダイビングスタイルを楽しむ上で欠かせない装備の一つが「ウェットスーツ」です。私たちの体温を守り、水中での活動をサポートしてくれる重要な存在ですが、実はスキューバダイビング用とフリーダイビング用とでは、その設計思想や求められる機能が大きく異なります。
この記事では、スキューバダイビング用とフリーダイビング用のウェットスーツの違いを徹底的に比較・解説します。
それぞれのスーツの特徴、選び方のポイント、根本的な設計の違いを理解することで、あなたのダイビングパフォーマンスと快適性を最大限に引き出す、最適な一着を見つける手助けとなるはずです。
ウェットスーツの知識を深め、より充実したダイビングライフを送りましょう。
ウェットスーツの基本:なぜ水中では保護スーツが必要なのか?
まず、ウェットスーツの基本的な役割と機能についておさらいしておきましょう。この基本を知ることが、両者の違いを深く理解するための一歩となります。
ウェットスーツの三大役割
- 保温
最も重要な役割です。水は空気の約25倍も熱を伝えやすいため、水中では急速に体温が奪われます。低体温症を防ぎ、安全かつ快適に活動できる時間を確保します。 - 保護
岩やサンゴとの接触、クラゲなどの生物による刺傷、そして強い紫外線から身体を守る役割を担っています。 - 浮力補助
スーツの素材であるネオプレン(合成ゴム素材)に含まれる気泡が浮力を生み出します。これは水面での安全性を高める側面もありますが、ダイビングではウエイトによる調整が必要不可欠です。フリーダイビングにおいては、浮力は潜降・浮上のエネルギー効率に影響を与えます。
ウェットスーツの保温メカニズム
ウェットスーツは、スーツと体の間に薄い水の層を作り、その水を体温で温めます。スーツ素材のネオプレンが断熱材となり、温められた水の層が外部の冷たい水に触れるのを防ぐことで保温効果を発揮します。
だからこそ、体にぴったりとフィットするサイズを選ぶことが、保温性能を最大限引き出す鍵となるのです。隙間が大きいと冷たい水がどんどん入り込み、保温効果が著しく低下してしまいます。
ウェットスーツを構成する主な素材
クロロプレンゴム(ネオプレン)
気泡を含んだ合成ゴムで、ウェットスーツの核となる素材。この気泡が断熱性と浮力を生み出します。厚さ、密度、伸縮性など、様々な種類のネオプレンが存在します。
表面素材(ラミネート生地)
ネオプレンの表面に貼り付けられる生地です。
- ジャージ
ナイロンやポリエステル製の生地で、耐久性と伸縮性に優れ、着脱も比較的容易です。スキューバダイビング用のスーツで多く使用されています。
- スキン(スムーススキン/メッシュスキン)
ネオプレンゴムの表面をそのまま、あるいは特殊加工したものです。水の抵抗を極限まで減らす効果がありますが、非常にデリケートで傷つきやすいのが特徴。フリーダイビング用のスーツで主流です。
裏面素材
着心地や保温性を向上させるため、特殊な加工が施されることがあります。スキューバダイビング用では起毛素材、フリーダイビング用ではより滑りの良い加工や、保温性を高める特殊コーティングなどが用いられることもあります。
代表的な形状
フルスーツ(ワンピース)、シーガル(半袖長ズボン)、ロングジョン(袖なし長ズボン)、ショートジョン(袖なし半ズボン)、ジャケットなど、用途や水温に応じて様々な形状があります。
フリーダイビングでは、ジャケットとロングジョン(またはハイウエストパンツ)を組み合わせるツーピースタイプが人気です。
これらの基本を踏まえ、いよいよスキューバダイビング用とフリーダイビング用、それぞれのウェットスーツの違いについて詳しく見ていきましょう。
スキューバダイビング用ウェットスーツの特徴と選び方
スキューバダイビングは、圧縮空気を詰めたタンクを使い、レギュレーターを通して水中で呼吸をしながら比較的深い場所で長時間滞在することを可能にするダイビングスタイルです。この活動特性が、スキューバ用ウェットスーツに「安全性」と「耐久性」を強く求める理由となっています。
スキューバダイビングの環境とスーツへの要求
水深と水圧の影響
深く潜れば潜るほど水温は低下し、水圧は増大します。高い水圧はネオプレンを圧縮し、保温性能を低下させるため、初期の断熱性が非常に重要です。
長時間の水中滞在
水深や水中環境によりますが、タンクの空気が残っている限り、比較的長く水中に留まることができます。そのため継続的に体温を維持できる保温力が求められます。
重装備との摩擦
重量のあるタンクやBCD(浮力調整装置)ウエイトベルトなどを装着するため、スーツの肩、背中、腰回りには常に摩擦や負荷がかかります。岩場や沈船など、硬い構造物に接触する機会も少なくありません。
スキューバダイビング用ウェットスーツの主な特徴
保温性重視の厚み
水深による水温低下と長時間潜水に対応するため、5mm厚の生地が最も一般的です。温暖な地域では3mm、水温の低い場所では7mmや、さらに保温性に特化したドライスーツが使用されます。厚みがあるほど保温性が高まりますが、動きにくさや浮力のコントロールがよりシビアになる側面もあります。
耐久性に優れた素材と構造
表面には摩擦や引っ掻きに強い丈夫なジャージ素材が一般的に用いられます。特に負荷のかかる肩、肘、膝、お尻部分には、耐摩耗性の高い生地やラバーパッドによる補強が施されていることが多く、ハードな使用環境にも耐えうる設計となっています。
脱着のしやすさと確実な閉口
背中に長いファスナーが付いた「バックジップ」タイプが主流です。自分で開閉しにくいという点はありますが、開口部が広いため比較的脱着しやすいように作られています。首、手首、足首からの水の侵入を最小限に抑えるため、スキン素材の切り替えや、二重構造(ダブルカフ)などの工夫が凝らされている場合もあります。近年では、胸のあたりで開閉するフロントジップタイプも登場し、脱着のしやすさが向上しています。
考慮すべき浮力
厚みのあるネオプレンは必然的に大きな浮力を生み出します。スキューバダイビングでは、このスーツ自体の浮力に加え、タンクの浮力変化なども考慮し、適切なウエイト(重り)を装着して中性浮力(水中で浮きも沈みもしない状態)を確保する必要があります。
スキューバ用ウェットスーツ選びのポイント
環境に合わせた「厚さ」
何よりもまず、潜る予定のエリアの平均水温、最低水温、季節を考慮して最適な厚さを選びましょう。迷ったらダイビングショップのスタッフに相談するのが確実です。
フィット感
保温性を最大限に引き出すには、体にぴったりとフィットすることが重要です。
レンタルスーツの着用時に、首、手首、足首に隙間ができすぎていないか、関節を曲げた時に生地が突っ張らないか、呼吸が苦しくないかなどを入念にチェックしてください。
耐久性と補強
自分の潜るスタイル(岩場が多い、沈船が好きなど)や頻度に合わせて、必要な補強が施されているか確認します。
着脱のしやすさ
バックジップかフロントジップか、手・足首のロングジップなど、自分好みや使い勝手で選びましょう。
予算
2万〜20万円と価格の幅は大変広いです。保温性や素材、機能性を求めるほど価格は上がります。予算内で最適なものを選びましょう。
スキューバ用ウェットスーツのメリット・デメリット
メリット
高い保温性と耐久性により、様々な環境で安全・快適な潜水が可能。身体の保護性能が高いです。
デメリット
フリーダイビング用に比べて生地が厚く硬いため、動きの自由度がやや低いです。浮力が大きいため、適切なウエイト調整が必須。
スキューバ用ウェットスーツは、水中という特殊環境下での活動を安全に遂行するための、信頼性の高い「保護装備」としての側面が強いと言えるでしょう。
フリーダイビング用ウェットスーツの特徴と選び方
フリーダイビングは、呼吸を止め、自らの能力だけで水中を潜降・浮上する、究極の水中スポーツの一つです。コンマ数秒のパフォーマンス、1mの深度を追求する競技性の高い側面もあれば、イルカと戯れるようなレクリエーションとしての側面もあります。いずれにしてもそこでは「効率性」と「身体との一体感」が重要です。
フリーダイビングの特徴とスーツへの要求
極限の運動性能
潜降・浮上時のフィンワーク、ターン、姿勢制御など、水中での効率的かつ最小限のエネルギーで動くことが求められます。スーツはこれらの動きを一切妨げてはなりません。
水の抵抗の最小化
より深く、より長く潜るためには、水中での抵抗を可能な限り減らす必要があります。スーツの表面素材や形状がパフォーマンスに直結します。
保温性と浮力のバランス
競技種目や深度、水温によって求められる保温性は異なりますが、動きやすさを損なわず、かつ適切な浮力(潜降しやすく、浮上しやすい)を保つ必要があります。
完璧なフィット感
身体との一体感はパフォーマンス、保温性、快適性の全てに影響します。わずかなズレも許さないレベルでのフィット感が求められます。
これらの高度な要求に応えるため、フリーダイビング用のウェットスーツは、スキューバ用とは全く異なる進化を遂げてきました。
フリーダイビング用ウェットスーツの主な特徴
優れた伸縮性と薄さ
究極の動きやすさを実現するため、非常に柔らかく伸縮性に富んだネオプレン素材が使用されます。厚さは1.5mmから3mm程度が主流で、競技によってはさらに薄いものや、保温性を重視して5mmを選択する場合もあります。身体のあらゆる動きに追従するしなやかさが特徴です。
水の抵抗を極限まで削減する表面加工
スーツの表面には、水の抵抗を最小限に抑える「スムーススキン」素材が広く採用されています。さらに特殊なコーティング(SCSコーティング:Super Composite Skinなど)を施し、滑り性を高めたモデルも存在します。これにより、水中での推進効率が格段に向上します。
身体に吸い付く立体裁断とフィット感
フリーダイバーの繊細な動きをサポートするため、複雑な立体裁断が施され、まるで第二の皮膚=セカンドスキンのように体にぴったりとフィットします。既製品でも高いフィット感を持つものがありますが、トップレベルのパフォーマンスを求めるダイバーや、より快適性を重視するダイバーの間ではオーダーメイドが一般的です。
ツーピース構造の採用
ジャケットとロングジョン(またはハイウエストパンツ)を組み合わせる「ツーピースタイプ」が主流です。これはワンピースタイプよりもさらに体にフィットさせやすく、動きの自由度が高いこと、そして着脱が比較的容易であること(特にスキン素材の場合)が理由として挙げられます。
機能美を追求したデザイン
パフォーマンスを最優先した結果として、無駄のない洗練されたデザインを持つものが多く見られます。
フリーダイビング用ウェットスーツ選びのポイント
フィット感の徹底追求
フリーダイビングにとってフィット感は最も重要な要素です。わずかな隙間や圧迫感もパフォーマンスに影響します。可能であればオーダーメイドを検討しましょう。
競技種目や目的に合わせた選択
深度を追求するコンスタントウエイト、プールでの距離を競うダイナミックアプネアなど、種目によって最適な厚さや素材、カッティングが異なります。レクリエーション目的であれば、耐久性も考慮したジャージ素材とのハイブリッドタイプなども選択肢に入ります。
素材(スキン/ジャージ/コーティング)の特性理解
スキン素材は最高のパフォーマンスを発揮しますが、非常にデリケートです。自身のレベルや使用環境、メンテナンスの手間を考慮して選びましょう。
保温性と動きやすさのバランス
潜る水温と、求める可動性のバランスを考えて、最適な厚さを選択します。保温性は必要に応じてインナーで調整することも可能です。
フリーダイビング用ウェットスーツのメリット・デメリット
メリット
最高の動きやすさと水の抵抗の少なさにより、フリーダイビングのパフォーマンスを最大限に引き出します。身体との一体感が高いです。
デメリット
スキン素材は非常にデリケートで傷つきやすく、丁寧な取り扱いが必要。そしてスキューバ用に比べて保温性が低い場合が多いです。一般的に高価になる傾向があり、特にオーダーメイドは費用がかかります。
フリーダイビング用ウェットスーツは、人間の持つ潜水能力を最大限に引き出すために、素材、カッティング、表面加工の全てにおいて最適化された、まさに「パフォーマンスギア」なのです。
ウェットスーツのメンテナンスと保管方法
最高のパフォーマンスを発揮してくれるウェットスーツも、適切なケアをしなければその寿命を縮めてしまいます。特にデリケートなフリーダイビング用スーツは、より一層の注意が必要です。
基本のメンテナンス(共通)
- 使用後は速やかに真水洗浄
塩分、砂、皮脂などしっかりと洗い流します。ファスナー周りは特に念入りに。 - ウェットスーツ専用シャンプーでの洗浄
定期的なシャンプー&リンスで、清潔さと柔軟性を保ちます。 - 優しく手洗い、洗濯機や乾燥機、脱水機はNG
生地を痛めないよう、優しく扱います。 - 裏返して陰干し
直射日光は厳禁。風通しの良い日陰で、太めの専用ハンガーを使用します。 - 完全に乾燥させる
生乾きはカビや臭いの元。裏表をしっかり乾かします。
フリーダイビング用スーツ(特にスキン素材)の特別ケア
着脱は慎重に
スキン素材は非常にデリケート。爪を立てたり、強く引っ張ったりすると簡単に裂けたり、傷がついたりします。
- 着る時
水や専用ローション、あるいは薄めたリンス液などを使って滑りを良くします。手袋や靴下(スムーススキンソックスなど)を着用すると、爪によるダメージを防げます。
- 脱ぐ時
無理に引っ張らず、生地を裏返しながら少しずつ脱いでいきます。
傷の早期発見・補修
小さな傷や裂け目を見つけたら、放置せずに早めにウェットスーツ専用の接着剤で補修しましょう。ダメージが広がるのを防ぎます。
保管時の注意
- スキン面同士がくっつかないように、ベビーパウダーを軽くはたくか、間に布などを挟むと良いでしょう。
- 折り畳む場合は、スキン面にシワがつかないようにゆったりと、クッション材などを挟んで畳みます。可能であればハンガーを使った保管がベストです。
- 他の器材と擦れないように、単独で保管するか保護カバーをかけるなどの配慮が必要です。
少しの手間を惜しまないことが、高価で高性能なウェットスーツを長く、最高の状態で使い続けるための鍵となります。
まとめ
スキューバダイビング用は「安全に、快適に、水中世界を探求する」ことを重視し、ウェットスーツには保温性、耐久性、保護性能が求められます。
フリーダイビング用は「人間の持つ能力を最大限に引き出し、効率的に美しく水中を動く」ことを追求し、ウェットスーツには究極の運動性、低抵抗、身体との一体感が求められます。
それぞれの目的に合わせて最適化されたスーツを選ぶこと。それはあなたが目指す水中体験を最高のものにするための、確実な方法です。兼用という安易な選択は、パフォーマンスの低下だけでなく、時には安全性を損なうリスクも伴います。
この記事を通して、両者のウェットスーツの「似て非なる理由」への理解が深まり、ご自身のニーズに合った一着を見つけられるための一助となれば幸いです。